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2011.01.03 (Mon)

【つるかめ物語 健全篇06】

■どうにもとまらない 三人称

More・・・


 山へ柴刈りに出かけた帰り、薪を背負って人気のない村への道を歩いていた与太郎は、わき道の藪の中から聞こえる、大きなはばたきに気付いた。
(なんね…?)
 音のした方を覗くと、狐用の罠にかかってバサバサともがく、大きく美しい鳥が目に入った。
「ありゃあ~」
 間延びした声を出し、与太郎はやや慌てながら、鳥に駆け寄ろうとした。
 人間の気配を察知した鳥が、警戒音を発して威嚇するのに、歩を止め、腰をおとす。
 与太郎は鳥を安心させるようにちっちっと小さく舌を鳴らした。
「いま、助けてやるからな、おとなしくすんだぞ」
 大きな鳥は、じっとそんな与太郎を見つめた。
 罠を腰につけた専用の道具で器用にこじあけながら、与太郎はしいー、と人差し指を口に当てた。
「これはむかいの田吾作どんの罠だべなあ、勝手に触ったら怒られるで、助けた事はナイショにしてくれよ」
 にこにこと笑う与太郎に、助けられた鶴はなつこく首を摺り寄せ…「気に入った!!」と叫んだ。同時にぼぼん、と煙が立ち、与太郎を驚かす。煙が薄くなると、そこには人ならぬ美貌の鶴の化身が居た。
 驚きのあまり、与太郎の手から滑り落ちた罠を、人外のものが受け止めた。
「おまえを俺の嫁にしてやるぜ!」
 そのまま白鶴の松は、キョーコの与太郎を、ぐい、と強く覗き込んだ。
 息が触れ合うほど近くに顔がある。
(どうだ、キョーコ)
 動揺を誘う仕種で仕掛けたはずが、大きな瞳でまっすぐ見つめ返されて松は逡巡した。
 普段のキョーコの反応がみじんもない。つい先程の反応のかけらすらもみられない。
 ふたりは、静かに見つめあった。
「ぎ」
 そのままぽかり、とキョーコの唇がひらいた。
 迸る悲鳴。
「ぎゃあ~! お化けえ!」
 踵を返して逃げるキョーコに、松は思わず手をのばしてその後ろ襟をつかんだ。
 度肝を抜かれた、何も考えないままの反射的な反応だった。
「やめろぉ、はなせ、バカ、痴漢! 悪霊退散、なんまんだぶなんまんだぶ」
「(痴漢ってなんだよ)うるさいやつだな、ちっと黙れよ」
 じたばたあがくのを無理矢理引き寄せると松の腕の中でキョーコはさらに怯えた声をあげた。
「ひー、かんべんしてくれえ、食ったって、オラの肉はうまくねーぞ!」
「食わねーよ! 鶴は魚食だ、いや、よしんば肉食だったとして、誰がおまえみたいなガリを食うか。骨が刺さる! まさに臍で茶が沸くプップクプーだぜ!!」
「ギャー、なんたる感じの悪さ!」
 キョーコは松の腕の中で暴れる子猫よろしくバリバリと爪をたてた。

***

「こりゃまた破天荒なコンビだなあ」
 黒崎は傍らの蓮を振り仰いでおかしそうに笑った。
「京子のキャラクターはおまえさんと演ってた時と同じなのに、相手役が変わるとこうもイメージがかわるもんかねえ」
 蓮はかすかに肩を竦めて苦笑した。
 今回、蓮は具体的な助言は一切行わなかった。
 キョーコがそれを求めてこなかったからだ。
 それで彼は、キョーコが自分でも認識しないところで階段をまた一段上がっていることを確信した。
 もしかするとそれは、色々とわだかまりのある、もうひとりの共演者との兼ね合いもあっての遠慮だったのかもしれない。しかし、彼女がそうする以上、それがどんなにヨロヨロと覚束無くとも、彼女が転ぶ前に手を差し伸べるような真似はすまい、と蓮は思ったのだ。
 …かわりに、共演することで助力できる限りの事をしようと思った。
 監督から要求されるまま、めまぐるしくパターンを演じ分けているうちに彼女にもそれが伝わったようだった。そして少女に、与太郎のこころが降りてきたのを、蓮ははっきりと感じた。
(それを独力で獲得できるようになれば…)
「…自力で自在にああなれるようになりゃ一人前なんだがなあ」
 蓮の内心を覗いたように黒崎が呟いた。
「まだおまえさんみたいな触媒つーか霊媒つーかが必要ってのはキャリア的に仕方ないのかねえ…」
「なんのことでしょう」
 痛いところを突かれて、内心で舌を巻く。
 黒崎は、唇のはしだけで笑い、蓮を見た。
 その流し目に視線を合わせ、蓮はつと長い睫を伏せた。

***

 爪を立てられた鶴の化身は、暴れる与太郎にふいをつかれて転倒し、したたかに頭を打って気を失った。気のやさしい与太郎は、われに返ってしばし逡巡したあと、意を決して鶴に戻った精霊をかかえ、自分の小屋に連れ帰った。
 月の見える縁側。
 雨戸をあけはなって、鶴が気づいた時には、夜の中に与太郎の心配げな白い顔があった。
「助けたつもりが痛い目ぇみせて、悪かったなぁ」
 すまなさそうに小さく肩を窄めた姿は、いじらしいほど純朴だった。
「今水汲んできてやるけ、あとなんか食べるか、魚、釣ってきてやろうか」
 かいがいしく面倒を見る与太郎のすがたに、松は既視感を覚えて戸惑った。
 庭の井戸から水を汲む長い黒髪の後姿に、上京してきたばかりの頃、デビュー前の自分をバイトの掛け持ちで支えたキョーコがオーバーラップする。
 松は、じわりと沁みる喪失感に、つと唇を噛んで眉根をよせた。
 キョーコが自分の所有物であるという甘えに、見逃してきた事実…。それは『過ぎた時』なのだ、というはじめての認識が、彼の胸を刺した。
 思いがけないその痛みに彼は思わず頭を振った。
(かんけーねー、コイツは、俺のだ)
 彼は、揺れる気持ちをなだめるには、キョーコをキョーコとして目覚めさせればいいのだと気付いた。
 彼を憎み、彼を恨むキョーコの姿は、彼に尽くすいじらしいキョーコの単なる裏返しだ。
 どちらにしても、誰も割り込む余地のない関係であり、そうである以上、キョーコの自己認識がどうであれ、少女は彼のもとに繋がれた存在に過ぎない。
 喪失感を覚えるのは、お門違いなのだ、と。

 そして彼は、与太郎が寝かせた床を抜け出し、月あかりが照らす庭をそっと歩いて、一生懸命水を汲む後ろから、つるべを握る手に手を重ねた。
 はっとした与太郎が振り向く。それに、鶴の化身は抱き込むように身を寄せた。
(役になんかはまってんじゃねーよ、キョーコ)
 大きな目をみひらいて、キョーコは松をじっと見つめた。
 そのあどけない表情は、幼い泣き虫だった頃のキョーコを彷彿とさせた。
「…どうしただ…? 鶴さ」
「―――松太郎って、呼べよ」
 小声で囁き、キョーコを掴む松の手に力が篭る。
しばし、ふたりは見詰め合った。
「白鶴の王、丹頂のつう。それは通り名ってやつだ。おまえにだけ教えてやるよ。俺の本当の名前は松太郎ってんだ」
「…しょうたろう…」
 いぶかしそうな、少し不安そうな、嗜虐心をそそる、儚げな視線。いじらしさが嵩じて、苛めてやりたくなるような、それは怪しからぬ倒錯を秘めていた。
 松の心臓が跳ねた。
 そんな感覚をキョーコに抱くのは初めてで、松は戸惑った。
「………」
 かつて『色気がない』と口走った罰のように、吸いつけられ目を逸らせない蟲惑。
(――――これは、誰だ?)
 遅まきながら、ようやく松は、ソレがキョーコであってキョーコではないものだと気付いた。
 そして、その瞬間、松は半ば無意識にキョーコを抱きよせた。
 この人間を攫うのだ、という明確な意思が『不破尚』の中から、松自身が面食らうほど唐突に、別人の衝動としてふいににょっきり湧き上がった。
 それこそは、キョーコが松の中から引っ張り出した『白鶴』の感情だった。

「よっし、いいぞ」
 黒崎は口の中で満足げに呟きながら、手もとのカメラとセット上のふたりを見比べた。
「監督、ひとつ提案があるのですが…」
 蓮は、セット上に視線をはりつけたまま、無表情で黒崎に話しかけた。
「…ここで、鶴と龍の直接対決を挿入してみても?」
 今回のCMには、白鶴と黒龍の対決はない。
 あくまでもキョーコに対して、ふたりが別々にアプローチをして、選択を迫る、という内容だった。
 蓮の、いきなりの申し出を、黒崎は下唇をひっぱりながら一瞬のうちに吟味した。
「それあ、なかなか面白いなあ…でも、役者じゃねえ不破君がそれについていけるかな?」
「…俺と最上さんがいれば大丈夫です」
 蓮は、セット上のふたりを見つめた視線は怖いまま、自信に満ちた様子で呟いた。

***

「離してもらおうか、その手」
 ふたりが見つめあうなか、月の光の届かぬ闇から、瞋恚に満ちた声がひびいた。
「それは俺の贄である、よその人外モノが手を出してよいものではない、この、身の程知らずのひよどりめ」
「…乙姫?」
腕の中の与太郎が身じろぎする。
(…おおっ、あれ? こんな流れの予定だっけか?)
 松は蓮の乙姫の乱入に一瞬狼狽し、声の方を振り仰ぎ…――その表情を見て、本人は決して認めないであろうところで、一瞬息をのんだ。
 美しい龍王。腰に手を当てて胸をそらせた傍若無人な美貌。男とも女ともつかない、両性具有の淫靡を湛えた神のうちなるもの。
 それを見守るキョーコのうちに、いとおしさと憧憬と畏怖が混在する、不可思議な感情を見て取って、松は自分が見損ねたところでこのふたりがどんな演技をしたのか、はじめて気になった。
「さあ、おいで、与太郎」
 さしのべられるしなやかな手。その声の鋭さに、わけのわからないまま、思わずというように少女が自分の影に隠れるのに、彼は反射的に保護欲をかきたてられた。
「…こわがられちゃってんじゃん、アンタ」
「黙れ。とって食うぞ」
 底光りのする目は、敦賀蓮のものではなかった。
その侮った言い方に、松の白鶴が反発を覚える。
「たかがデカイ蛇が随分えらそうだな、鳥と蛇ならエサはむしろソッチだろ」
「………試してみるか、身の程を知らぬ生意気なヒヨコめ」
 二人の間に剣呑な空気が流れるのに、ハッとしたキョーコの与太郎が割って入った。
「おとひめっ、ごめんなさい、そんなんじゃないんだ、おら行くよ、だから怒らないで下さい」
 するり、と松の懐をすりぬけて、乙姫の蓮に向かって駆けて行くのに、松の手がわずかに追い縋りかけ、空を掻いた。
(あ…)
「わかればよろしい」
 乙姫は懐に与太郎を迎え入れ、満足げに身をかがめていとおしげにすべらかな頬を撫でた。
 それを受けるどこか恥じらいを含んだ与太郎の仕種が、異様に可愛い。
 乙姫は返す目でつうを眺め、興味を失ったように鼻で笑った。
「鶴さ、足だいじにするだよ。ほんだらね」

***

(…チョーむかつく、あいつ……!!)
 監督からオッケーが出て、セットを降りた松は、祥子からタオルと飲物を受け取ってイライラと歩き回った。
 自分の手をすりぬけて、敦賀蓮の元に駆けていったキョーコの姿は、まま、三人のこれからを暗示するようで、胸糞が悪すぎた。
 …しかも。
 演技しているつもりなどないセルフイメージとは裏腹に、カメラ越しに確認すると、自分の反応がキョーコ演じる与太郎にピッタリつりあった自然なものに見えるのが信じられなかった。
「…尚、あなた演技なんてできたのね…?」
 訝しそうに、感心したように言う祥子に、彼はちげーよ、と憮然と吐き捨てた。
(キョーコに演技『させられた』んだっつの)

 キョーコ。数ヶ月前まで演技の『え』の字も知らなかっただろう幼馴染の、なんという早い成長か。
 生き馬の目を抜く芸能界、畑違いのジャンルのキョーコが、どうやって自分を追い落とすつもりかは知らないが、波に乗って上手く成長を続ければ、とりあえずそう遠からず同じ土俵の上には這い上がってきそうな勢いではある、と松は思った。
(まあ、土俵の上にあがれたとして、そこに留まっていられるかどうかはわかんねえーけどな)
 そして、キョーコの急激な成長を促しているであろう男の方を皮肉に眺めて、松はひとりごちた。
 その男は、キョーコに向かって、豪奢な衣装のまま頭を下げている。
 鶴のターンに乱入するかたちになったことをわびているようだった。
「一応監督と相談して決めたんだけど……でも君と不破君は驚かせてしまったね? ごめん」
「いえっ…そんなことは…」
「まったくだ、勝手にコンテにないことされたら困るんだよ。こちとらあんたらと違って演技のプロじゃねーんだから」
「ちょっと…!」
 キョーコはのそのそとやってきて、会話に割り込んだ生意気な松の言い草にぐわっとキバを剥いた。
「ほんとに申し訳なかった」
「いいんです、敦賀さんは謝らないで下さい」
 キョーコはいじらしく蓮に言うと、振り返ってビシッと松に指を突きつけた。
「監督が緊迫したいいシーンになったって言って下さってるんだから、アンタが敦賀さんにずーずーしく意見するなんて百万年早いのよ!」
「いや、仕事としての本分からは彼の言う事が正しいよ。アドリブで想定以上のものが撮れたとしても、それは結果論であって、共演者の状況を無視したスタンドプレーのそしりは免れない。撮影はチームワークだからね」
 そんなことは百も承知でも、それでも見ていたくなかったのだ。と蓮は自嘲した。
 彼の恋する少女と、かつて彼女が恋していた少年との本人たちも気付かない絆を感じるやりとりを。
 彼は、嫉妬で胸が焼け焦げそうだったのだ。
 その感情がちょうど役柄のそれと一致したのは幸いだった。もしかすると彼自身役にのまれていたからこその乱入という側面もあったかもしれない。
「でも、次はこいつの提案で、もうワンシーン増えたじゃないですか。面白がる監督も監督ですけど、だったらこいつが敦賀さんを悪く言う資格なんてないです!」
(けっ、やられっぱでひっこめるかよ)
 松が内心で吐き捨てるように言う。
「そんなことはないよ、俺も彼の提案は面白いと思うし…バランスも良くなると思う。個人的にもむしろ、提案してくれたシーンを演じるのが楽しみなんだ」
 穏やかな目で微笑む蓮に、キョーコが怯える。それはまたもや、この仕事中すっかりお馴染みになった「似非紳士スマイル」であった。
 そうとは知らない呑気な松が、あくまで紳士然とした態度を崩さない蓮に真っ向勝負を挑む。
「じゃあ、次は龍のターンに鶴の乱入な、…フェアにいこうぜ」

***

 急遽、殺陣の打合せとリハーサルを行っている蓮と松を尻目に、深海を模したセットの中で、キョーコは考えに沈んだ。
 何だか自分の知らないところで思わぬ方向に話が進んでいるような気がする。
「じゃあ京子、ここんとこの設定は、龍宮に攫われてるおまえを鶴が助けに来る、それを阻止しに乙姫が現れる、すったもんだの末にこんだ鶴に攫われるとこまで行くからなー」
 メガホンをふりふり説明する黒崎に、キョーコははい、とうなづいて応えた。
「京子」
 セットにつこうとするキョーコを呼び止め、黒崎が身を乗り出す。
「どうだ、ヤツラ驚かしてやろうか」
「は?」
「あいつらに翻弄される姿、朴訥な姿は良かった、そろそろ次は、あいつらを翻弄してみろ」
 そして、黒崎は、キョーコの耳に向かって何事かを囁いた。

***

「よう、助けに来たぜ」
 与太郎は半ば呆然と、眼前にあらわれた顔を見つめた。乙姫の独占欲にさらされたあとの、いたいたしい姿に、つうはわずかに目を細めた。
「鳥はな、義理堅いんだ。一宿一飯の恩義…もとい、命を助けられた恩は返すぜ」
「田吾作どんの罠にかかって半死半生だったおまえが、どうして乙姫に敵うだ、こんなとこまで来ないで、早く逃げるだよ」
「あー、あれか、あれはな、本当は暇つぶしに遊んでたんだよ」
 つうは、鼻で笑って嘯いた。
「こないだ同じ罠に鷺のじじいがとっ捕まってな、まあソイツは自力で逃げてきたわけだが、自分の一族のもんが痛い目みせられた礼はしておくのが筋だろ? そんで罠かけたヤツを待ち伏せしてたんだが、先におまえがやって来た」
「むしろ、その後おまえに突き飛ばされて打った頭の方が重大なダメージだったぜ」
 言いながら、つうは、どかどかと近寄り、与太郎を拘束していた手枷足枷に手をかけた。
 一瞬あたりに白い光がゆらめき、つうの端正な貌を照らすと、拘束具は頑丈な鎖ごと小さな泡沫となって掻き消えた。
「………」
「な、俺、わりとすげえだろ」
 つうは、与太郎に手を差し伸べ、軽々とひきおこした。
「…こんなことして…乙姫が怒るだよ」
「心配ねーって、俺だって、こう見えて…」
「天つ鳥の一族の長…か?」
 ふいに、背後からのどかな声がかけられた。
 全身の毛を逆立てたつうは、瞬間後ろ手に与太郎をかばう。それを見て、乙姫は半眼をひらめかせた。
「鳥人族ならではの美しさと、その美貌に似合わぬ破天荒さは海の底までとどろいておったぞ。ひとの結界に無礼な侵入。噂に違わぬ莫迦大爆発であるな」
 うたうような、いっそやさしいといってもいいくらいの囁きが、かえって乙姫の怒りをしんしんと感じさせた。
「しかし、この乙姫に逆らうとは命知らずなものじゃ…かわいそうに、おまえの一族は今日ここで族長を失うのだな」
 そして、乙姫は、底光りするような残酷な微笑を浮かべた。
「…おまえのように、族を持ち、それに思う様甘やかされた天真爛漫な若子を見るとのう…」
 つとしなやかに手を伸ばし、前を泳いだ魚をとらえた乙姫は、それを手のひらの中で握りつぶした。
「…これ、このようにひねり潰してしまいたくなる…」
「しゃらくせえ、天地初発の頃からのさばる化け物め、今日ここで、そのダラダラ長い生涯に終止符をうってやるよ、この俺が!」
 乙姫とつうの間に火花が散り、二人は互いに身構えて臨戦態勢に入った。

 舞うような二人の殺陣を見つめながら、そっとセット上から降りたキョーコは、スタイリストに新しい衣装を着せ掛けられ、手早くメイクのやり直しを受けた。
(敦賀さんの、乙姫)
 ツキン、と、キョーコの胸が痛んだ。
 蓮の乙姫は、孤独を前面に出した表現でキョーコから『与太郎の孤独』を引き出した。
 与太郎の生い立ち、亀との出会い。わかちがたくふたりになるその過程を、蓮はキョーコとの演技で作り上げたのだ。
 生まれる前に父を亡くし、母ともどもに雨やらいの生贄となり、奇跡的に生還した与太郎。ひとたび神に捧げられた贄として、人の範疇を超え、少女でありながら男の名を与えられ、男のナリを強いられた与太郎。村のはずれで占い婆に育てられ、婆を亡くしてからは、独りで魚を採り、独りで食事をし、独りで眠って、そうして生きてきた与太郎。
 それは、そのまま幼い頃の『キョーコの孤独』の心象風景でもあった。だから
(…また、助けて頂いてしまった…)
 キョーコは、そっと胸に手を当て、ゆっくり目を閉じた。

「…なかなか堂に入った殺陣だね、正直驚いたよ」
 セット上では、裾裁きも鮮やかな人外のふたりが、舞うような戦いを繰り広げている。蓮は、松の予想外に慣れた太刀捌きに感心するように、小声で囁いた。
「新春かくし芸でやらされたことあんだよ」
「なるほど」
 鍔迫り合いを繰り返し、距離を取って対峙、一閃。
「…なあ、アンタ」
 今度は松が連に囁いた。
「アンタにキョーコの相手はマジ無理だって、ドコが気に入ったのか知らねーけど」
「君ならあの子に相応しいとでも?」
「いや、もう相応しいとかそういうんじゃなくて、アレはオレんだから」
(この馬の骨…)
 本気で殺意を抱きそうな蓮が刀を持ち替える。

 その時…。
ふっと、明かりが落ちた。
 動きを止めて周囲を見回す二人の後ろに、淡い光が点る。ふりかえる二人の目に、白いカタマリがぼんやりと浮かんだ。白い何かにライトがあたっているのだ、と二人が理解するより先に、カタマリはゆっくりと身を起こし……するとそれは、白無垢を着たキョーコだった。
 あっけに取られた二人に、キョーコは花のように微笑んだ。
「ケンカをしても駄目だあ」
 そのまま悪戯そうに片目を瞑る。蓮と松は初々しいキョーコの花嫁姿に、完全に毒気を抜かれて、開いた口を広げている。
「選ぶのは、おらだからなっ」
 言いざま、内掛けの裾を両手にからげて二人の方に駆けてくる。二人は、思わず本能的に両手を広げて迎え入れる態勢を取っていた。

健全_挿絵A00_p33_200dpi

「はいカットぉ!!」
 黒崎の掛け声が、現場の雰囲気を現実に引き戻した。キョーコがぴた、と止まり、受け入れ態勢を万全に整えていた二人が空しくたたらを踏む。
「お疲れ~、以上で撮影は終了だ、コンテ大幅修正でカインドーへの説明が面度クセーけど、こりゃ元より面白いCMになるぜえ」
 俺様の編集手腕に乞うご期待だぜ、京子、とガッツポーズを見せる黒崎を、蓮と松の二人は恨みがましい目で見つめるのだった。

16:54  |  鶴亀  |  Trackback(0)  |  Comment(2)

Comment

うわー。めっさなつかしーー!

>「ケンカをしても駄目だあ」
 そのまま悪戯そうに片目を瞑る。蓮と松は初々しいキョーコの花嫁姿に、完全に毒気を抜かれて、開いた口を広げている。
「選ぶのは、おらだからなっ」

>キョーコがぴた、と止まり、受け入れ態勢を万全に整えていた二人が空しくたたらを踏む。

私、健全編はここのシーンがいっちばん印象に残ってますー。てか好きだったなあ。で、ここからどうつながるんだろう?ってよこしま編を開いたら、…。…。…。
そうきたかーーー!!ってべっくらしたんだよなーー。うん。うん。

お正月そうそう怒濤の更新をありがとうございます。こぶたちゃん、ご機嫌なおりましたか?
瑠璃 |  2011.01.03(月) 20:58 | URL |  【編集】

瑠璃りん

なつかしすゆうななつかしす

でももう、あれは二年も前のイベントだったんすねえ…感慨深いッスw
思えば遠くに来たものですw

コブタは風呂につけてメシくらわしてちち吸わしたらオチました。
うむ、萌え母の、あるべきかたち(のひとつ)(←……)

強迫神経症的怒涛w につき合わせてスマンコマンコちゃんなんだぜ!!!(愛)
buta |  2011.01.04(火) 00:22 | URL |  【編集】

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